Cell-free system (無細胞系、無細胞翻訳系) について、iGEMerの中でもあまり詳しく知らない方が多かった印象を受けたので、まずは概略だけ紹介したいと思います。
さらに発展的な内容はこちら からどうぞ
Cell-freeでのバイオセンサーについて 手法から社会実装まで
Cell-free System (無細胞系) とは?
概略
Cell-free system (無細胞系、無細胞翻訳系) をすごく簡単にまとめると、試験管などの中で、細胞の中で起こる化学反応 (転写・翻訳・修飾)などを、再現したシステムです。
また、Cell-free systemは、TX-TL (Transcription-Translation)、無細胞タンパク質合成系などと呼ばれることもあります。
転写・翻訳・修飾などには、様々な酵素やエネルギーが必要ですが、それらを含んだ溶液を作成することで、試験管内で、細胞の中で起こるような現象を疑似的に再現できます。
大きな利点としては、生きている細胞を用いないために、遺伝子組み換え生物が拡散するリスクを軽減したり、実験の時間を短縮できること、細胞に対して都合の悪い物質の生産なども可能にできることです。
デメリットは、近年成長中の分野ですので、知見が細胞ほどは溜まっていないため、未明確な部分が多いことです。
ここからは、さらにイメージを広げるために、代表的な例を紹介していこうと思います。
遺伝暗号の謎を解明したNirenbergの実験
Cell-free system (無細胞系) が使用された歴史は古く、1961年には、生物学の大きな謎を解明する実験系として使用されました。
当時はDNA→RNA→Proteinというセントラルドグマについては、信じられるようになってきていましたが、4種類のヌクレオチドしかないDNA (RNA)が、どうように20種類あるアミノ酸に対応しているのかが、大きな謎でした。(コドンがトリプレットであるだろうということは判明していた)
Nirenberg (ニーレンバーグ)とMatthaei (マテイ)は、その遺伝暗号を初めて解明しましたが、その際に、Cell-free system (無細胞系)が大きな役割を果たしました。その遺伝暗号の仕組みを解明した、実験系について見ていきましょう。(遺伝暗号、遺伝暗号表の詳しい説明について、ご存知ない方は、先に調べてください。)
Nirenbergらは、Cell-free system (無細胞系)を確立するために、E.coli (大腸菌)を破砕し、延伸することで、膜などの高分子化合物を沈殿させ、リボソームやtRNAなどのタンパク質合成に必要な分子を上清に残すことで、”細胞のスープ”としての溶液を作成しました。
次に、その細胞のスープにリボヌクレアーゼ (RNA分解酵素) を加え、細胞由来のRNAを分解します。次に、調べたいRNAを加えます。さらに、新規で合成されたタンパク質かどうかを識別するために、放射性アミノ酸を加えることで、細胞で合成されたタンパク質と区別することができます。
そしてウラシル (U) のみが並んだRNAから、フェニルアラニンしか合成されないことを発見しました。
このように、Cell-free system (無細胞系)は、細胞で使われている仕組みを利用して、制約を加えたり、条件を追加したりできる系です。近年でも、遺伝暗号の改変などの分野では、広く使用されている系になります。
近年でのSynbioでの展開
近年ではDNAから転写・翻訳を行い、タンパク質を合成することが可能になってきています。
それに伴い、自らが設計したDNA配列をすぐにテストすることができるようになりました。その特性を生かした、ブレッドボード(プロトタイプを簡単に作れるようにした電子工作のボード)としての役割が期待され始めています。
また、”細胞のスープ”などのベースの溶液の作成方法も、再構成型のタイプが登場し始めています。そのため、全ての内容物を把握した溶液で、理学的な研究をさらに進めることも可能になっています。
このように、Cell-free system (無細胞系) は、操作が容易で、拡張性に優れたシステムで、大きな可能性を秘めています。
また、具体的な活用方法の一例を紹介してしておりますので、こちら からどうぞ
Cell-freeでのバイオセンサーについて 手法から社会実装まで
参考文献
Bruce Alberts, 中村桂子(監訳), Essential 細胞生物学 原書第4版 第7章, 南江堂 (2016)