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「安全な除去ルートを割り出す地雷探知装置を合成生物学を応用して作る」(NEFU-China2020 BOLD) - iGEM Japan 2022 定例会 (輪読会) #10-1

iGEM Japan 2022 輪読会 #10では、「安全な除去ルートを割り出す地雷探知装置を合成生物学を応用して作る」をテーマに、以下の2つのプロジェクトが紹介されました。

NEFU-China2020 BOLD
Bielefeld-CeBiTec2021 P.L.A.N.T.

本記事では、1つ目のプロジェクトである、NEFU-China2020について紹介していきます。
このプロジェクトは、地雷から土壌中に放出された化学物質を感知することによって、地雷の存在確率を計算し最適な地雷除去ルートを提案しようというプロジェクトです。

はじめに


非公式統計によると、2018年12月現在、世界には70カ国以上に約1億1千万個の地雷が分布しているそうです。

現在の地雷探知では、地雷除去作業員が金属探知機、音響探知機、レーダー探知機を使うのが一般的です。しかし、これらの方法はいずれも、コストが高い、誤検出率が高い、電磁波の影響を受けやすいなど、明らかな弱点と限界を持っています。

そこで彼らは合成生物学に基づいた地雷探知の新しいアプローチとして”BOLD”というシステムを設計しました。BOLDは、人手による地雷の探知と除去をアシストし人命への脅威を減らすと同時に、地雷原を民間人が扱うことを可能にし地球環境を保護することを目的としています。

BOLDのシステム概要

ざっくりアプローチの流れをご説明します。

 
Wikiトップ より引用

①地雷から土壌中に放出された2,4-ジニトロトルエン(DNT)とその代謝物2,4,5-トリヒドロキシトルエン(THT)を感知
②人工バクテリアの緑色蛍光タンパク質EGFPの合成を誘発
③フォトレジスタで捉えて電気信号に変換
④地雷の存在確率を計算し最適な地雷除去ルートを提案

ここで、このシステムを実現させるためには

Ⅰ.DNTを検出するyqjFプロモーターの感度の向上
Ⅱ.レポーターシステムの最適化

が必要になります。各項目について深掘りしていきます。


Ⅰ.DNTを検出するyqjFプロモーターの感度の向上


Ⅰをおこなう理由は、今回のシステムで使用するyqjF プロモーターのDNT検出閾値が25mg/Lと、地雷検出で必要とされる値よりもはるかに高かったからです。
 
Wiki-result より引用

上の図はyqjF プロモーターの活性化機構とバクテリアにおける DNT の代謝過程を模式的に示したものになります。DNTはバクテリアの中で、NfsA、NfsB、NemAなどの還元酵素によってTHTに代謝されることが知られています。THTは、転写因子YhaJを直接活性化し、yqjFプロモーターを介した発現を促進する分子です。

彼らはyqjF プロモーター最適化のために以下をおこないました。

(1) yqjF プロモーターの遺伝子を改変し転写強度を向上
(2) DNTからTHTへの変換促進
(3) 転写活性剤を最適化しTHTへの応答性を向上


Wiki-result より引用 (一部改変)


(1) yqjF プロモーターの遺伝子を改変し転写強度を向上


今回、2つのアプローチをおこないました。
先に結果を示しますと、2つのアプローチで得た結果を組み合わせて、5 mg/L (野生型の5倍の感度)の DNT 検出閾値を示すyqjF3rd プロモーターを作製することに成功しました。

a. 半合理的な突然変異誘発をおこない、レポーター系で転写活性が上昇する変異体をスクリーニング


yqjFプロモーターの-35領域のうち、図1の9塩基の領域にランダムに変異を導入しました。このランダムなDNA配列を含むプライマーyqjF-35-Fを設計し、下流のプライマーとともにPCRで増幅させました。約500クローンを用意し、30mg/LのDNTに対する応答をスクリーニングしました。
 

図1
Wiki-result より引用

スクリーニングされたクローンのうち、1つだけ野生型 yqjF プロモーターを持つレポーターよりも2倍以上高い反応性を示しました。このクローンの塩基配列を決定したところ、-35領域周辺に3つの塩基変異(図2の赤く示した部分)があることがわかりました。この変異体をyqjF1st プロモーターと命名します。

 
図2
Wiki-result より引用

b. Error-Prone PCR法をもちいて変異誘発して、レポーター系で転写活性が上昇する変異体をスクリーニング


Error-Prone PCR法とは、特定の遺伝子に対してPCR時の複製エラーを利用してランダム変異を導入する手法です。約 300 クローンの 30 mg/L DNT 誘導に対する応答性をスクリーニングしました。

その結果、野生型 yqjF プロモーターに比べ、DNT による誘導が 2 倍以上高い変異型 yqjF プロモーターを1つ発見しました。この変異体は、-10領域(Pribnow box)とリボソーム結合部位(RBS)の間に位置する3つのヌクレオチド変異(図3の赤く示した部分)を含み、yqjF2ndプロモーターと命名しました。また、yqjF2ndプロモーターは、yqjF1stプロモーターよりもわずかに発現が促進されるようでした。
 

図3
Wiki-result より引用


a,bの結果を受けて、部位特異的変異導入法を用いて、yqjF1stとyqjF2ndの変異を組み合わせ、yqjF3rdプロモーターと名付けた新しいバージョンのプロモーターを作製しました。

yqjF3rd プロモーターを含むレポーターの、異なる濃度の DNTの誘導に対する応答をテストしたところ、 yqjF3rd プロモーターは 5 mg/L の DNT 検出閾値、すなわち野生型 yqjF プロモーターと比較して 5 倍の DNT 検出感度を示しました。

(2) DNTからTHTへの変換促進


アラビノース誘導性プロモーターを用いて、DNT から THT への触媒に関与する 3 種の重要な酵素、NfsA、NfsB、NemA を異所性発現させる系を構築しました。
→3 種の酵素を持たない細菌と比較しDNT の検出閾値が 5 倍の 1 mg/L になりました。

(3) 転写活性剤を最適化してTHTへの応答性を向上


転写活性化因子 YhaJを過剰発現させた人工細菌を作製し、異なる濃度の DNT に対する応答性をテストしました。
→DNT の検出閾値は 0.25 mg/L となり、異所性発現がない場合よりも大幅に低下。

また、ここまでの(2)(3)の結果を受け、これらの戦略を組み合わせることで人工細菌のDNT検出感度をさらに向上できるかを実験しましたが、0.75 mg/Lの検出限界を示しました。

この結果を受けて、YhaJを最適化することで検出感度を向上できないかを検討。ランダム変異導入法を用いて YhaJ 変異体ライブラリーを作成し、500 以上のクローンをスクリーニングしました。10 mg/L DNT に対する yqjF3rd プロモーターを介した EGFP 発現への影響を評価ところ、1 つの YhaJ 変異体が野生型 YhaJ と比較して顕著に EGFP 産生を増加させることを発見。DNA配列解析の結果、アミノ酸の3箇所に変異を有することが判明。この変異体はyhaJ1stと名付けられました。

また、yhaJ1st を過剰発現させると、DNT の検出閾値を 0.1 mg/L にまで顕著に低下させることができました。


Ⅱ.レポーターシステムの最適化


BOLDのレポーター遺伝子として採用しているEGFPが発する緑色の蛍光は励起光が必要であるため、このシステムでは励起光を追加しています。しかし、フォトレジスタへの誤刺激を避けるため、この励起光を遮断しなければならず地雷検知装置のハードウェアは複雑化します。そこで、EGFPの代わりに自発蛍光方式を採用し装置の設計を簡素化できないか検討。Luxルシフェラーゼシステムをテストすることにしました。

 
Wiki-result より引用

Lux発光レポーター系はLuxABCDE遺伝子から構成されています。LuxABはLuxルシフェラーゼをコードし、LuxCDEは長鎖脂肪酸を長鎖脂肪酸アルデヒドに変換します。そして長鎖脂肪酸アルデヒドをLuxルシフェラーゼの基質として生物発光を生じさせることができるというメカニズムです。yqjF3rd プロモーターで Lux の発現を駆動するレポータープラスミド yqjF3rd::LuxCDABE を構築しバクテリアでの DNT 誘導に対する応答性をテスト。yqjF3rd::LuxCDABE 系は5mg/L の DNT 検出閾値を示しました。

Luxルシフェラーゼは長鎖脂肪酸アルデヒドを基質とするため、いくつかのアルデヒドを添加して発光を刺激することを計画しました。デシルアルデヒドを試験したところ、同濃度の対照薬品であるグルコースと比較して、yqjF3rd::LuxCDABEによる発光を確かに促進できることが分かりました。

Lux レポーターシステムが、これまで広く研究されてきた EGFP レポーターより優れたシステムあるいはオプションのシステムとなり得るかを調べることに力を注いでいく予定です。Lux レポーター系での DNT 検出感度が同等かそれ以上であれば、現在の装置に搭載されている励起光源や光フィルタが不要になり、比較的簡単な地雷検出装置を構築することが可能になるでしょう。

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